つくって遊ぶ経験が根っこにあるから、知識がしみこむのでは

立方体から次は、直方体の紹介をしました。さまざまな多面体について触れ、2種類の直方体を知り、展開図をつくったり、面と辺の関係について調べたり。ここではじめてテキストをもとに4時間ぐらいかけて、基礎的な図形の定義や算数キーワードをおさえました。ここまで立方体展開図をつくりまくっているので、直方体はちょちょいのちょいなかんじ。自分なりにおもしろい展開図を考えようとしている子もいました。

潤沢につくって体験することが先に土台としてあるから、知識がしみこむように理解できるのではないでしょうか。

こういう授業やっていると、少しずつ「勝手なおもしろい行動」が発生してきます。角柱の展開図について考えてみたり、円錐はだれもが苦心していました。牛乳パックを実際につくって「水いれたろーじゃん」と、おもしろそう。

一方で予想外だったことに、「直方体もやってみたい!」と自然と意見が出るかと思っていましたが、そういう感想はありませんでした(涙)。ここまでガッツリと立方体づくりを経験し、結構満足してしまったようなので、授業には組み込まず自学ノートにやりたい人はどうぞ、と紹介だけしました。

ちなみに、直方体の展開図はいくつあるかご存じですか? なんと50種類以上もあるんです。だから、実際につくってためして、たしかめることはできませんね。系統的に順番にやるアイディアがここでもさらにいきてくるはず。

立方体の展開図は何種類?

前回からひきつづき、立方体の展開図はいくつあるのか調べてみました。グループごとに出し合い、同じものは重ねて掲示していく。

すると、「13種類ある!」となんとも盛り上がりを見せています。表裏、上下、左右反転すると実は同じものがありました。しばらくとぼけていると、お互いグループごとに確認しつつ11種類に落ち着きました。

おもしろい見つけ方に、展開図をそれぞれ考えるのは難しいためか、立方体が6面であることをみつけ、その組み合わせを実際にためして、たしかめる作戦。こういうの空間認知が苦手な子にとっては支えとなってくれる秀逸なアイディアですね。

また、効率よくさがそうと「順番で考える作戦」で一つずつブロックをずらして展開図を探している子もします。こういう数学的な技を使えるってすばらしい。クラス全体で整理するときに活かせそうです。

僕は、子どもたちがこういう考える時間がなんともおもしろくてスキです。あっという間の時間がすぎてしまう感覚。「もう休み時間なの?」と。「授業/休み時間逆転現象」とよびたい。

そして、次の時間に「順番で考える作戦」でまとめてみると、3パターン+それにあてはまらない2つで決着つきました。こういう経験をしていると、やみくもに探す必要も暗記する必要もなく、系統的に確かめようとすれば、いつでも頭の中から引き出せるので秀逸ですね。

実際につくって、くらべて、まとめてみる。こういう作業をみんなで考えるとちがいがでてきたり、まちがいもでてきて楽しい。そういう算数、好きだなぁ。

4つのサイコロ展開図をみつける

2時間目は、より複雑なサイコロパズルから4つの立方体の展開図を見つけだす問題から(ガウスの会『オイラー先生のおもしろ図形問題集プラス』参考)。いわゆる簡単な十時の展開図よりも複雑な展開図を経験していきます。

これは頭をひねる! 子どもたちはみんな手を使って「こうでしょ。こうでしょと」ダチョウ倶楽部やーやー状態になってしまう笑。

この立体単元ではこれまでの本校の学習計画とは変えて、ていねいに「教える/教わる」といった教師と子どもの関係から、教師による投げかけから、自分で学び取る姿勢をもってほしいといきなり展開図からの導入でした。そのためには夢中になって「追求したい、やってみたい、知りたい」何かがある必要です。

夢中を発動するしかけのひとつ「ものづくり」を使いました。ちょきちょきハサミを使って、おしゃべりしながら楽しそう。子どもたちの様子をみながら単元計画を修正しながら組み立てている授業です。

しばらくすると、頭をつきあわていた子たちがサイコロを4つ完成しはじめました。嬉しそうに教えに回っています。こういうとき、素直に集団で一つのことをみんなで学ぶよさが生まれている瞬間。

前時でつくったのりしろありのサイコロの中にちょうど4つも収まるので嬉しそうにしまってありました。

ここから問いが生まれてきます。「はて、立方体の展開図ってまだ他にもあるのかな?」 そしてこれが次時の導入となっていきました。

サイコロづくりと冬休みすごろくづくり

3学期の算数では、算数探究「算数・数学におけるアートとは何か?」をはじめました。今、立体単元でまとめの一面展開図の算数作品づくりに挑戦中。自分の算数作品をつくるまでに、さまざまな立体に触れる経験をしてきました。それが、子どもたちの今の、そしてこれからの挑戦を支えてくれる実感があります。

年の初めには、「あけましておめでとう。さぁ、算数やるよ!」「えええええ〜!!」とサイコロパズルからスタートしました(ガウスの会『オイラー先生のおもしろ図形問題集プラス』参考)。2つのサイコロ展開図を見つけ出してサイコロ作り。できたら、それを見本にサイコロづくり。しかものりしろあり!これがまたおもしろいけど、難しい。のりしろの位置をどうアレンジするのか。最初にすべての辺にのりしろをつくり、後で処理する輩もいました。こういう発想は面白いなと思う。つくりながら学ぶ。まさにそういうこと。

そして、自分たちでつくったサイコロをコマにしながら、冬休みの出来事すごろくをつくって遊ぶ。これがまたおもしろかった! みんな、いろんな出来事があるのね笑。わははとスタートした3学期でした。

運動会一ハイジャンプする40代半ば教員の膝についての話

あの運動会の応援にあるウェーブが怖かった。年々、かかとが床につかなくなり、しゃがむのに一苦労。ウェーブに備えて一度しゃがむと「よっこいせ」と身体をおこさないといけない。これは40代おじさん共通の悲しい物語。

応援団副団長が旗を抱えて意気揚々と駆け足してきたときの「いよいよ、くるのか。いくぞオレのひざよ!たのむ」と自己対話。横を見ると子どもたちはいとも簡単にぴょんぴょん跳ね上がっていて、うらやましい。

この数年来のこの悲しい状況を打開すべく、肉体改造に取り組みつづけた成果により、この秋、膝の痛み解消され、東京都の40代小学校教員で一番ジャンプできたことと自負しています(他に40代教員が跳ねていたのかは不明)。

40半ばにすると、年齢差が出てくるもの。僕は、30代最後らへんから、バスケの度に膝の痛みや違和感を抱えるように。動きのキレも緩慢になり、走れなくなってくる。まぁ、もとから走れていないので、さらに輪をかけてなのですが苦笑。バスケのメンバーもちょうど40才を境にして、同じような、試練にあっています。

その間、ずいぶんといろんな治療を試みました。けっこうな値段を支払って、電気治療を1年近く通っていた時期もありました。今思えば、それは対処療法でしかなく、僕にはあわない、ただのエレキマンのサンダービームステージしばりでした。

結局は、問題の本質は、悲しいかな「加齢による筋力の低下」。その証拠に、定期的に下半身トレーニングをしているときには、全く膝の痛みがでませんでした。そして、先日、学生時代にキャンプリーダーをしていたとき大変お世話になっていた肉体改造のプロのアキラさん(ウェイトリフティングのオリンピックナショナルトレーナー)に、生まれてはじめてパーソナルトレーニングをお願いしました。

「イガちゃん、みえる筋肉なんかきたえていたって意味ないんだよ。大事なのは体幹だよ」とポロシャツからはち切れんばかりの筋肉を震わせて、至言をもらいました。

でも体幹トレーニングって辛い。目に見える成果がみえづらいからついつい敬遠しがちになります。それでも、言われたとおり、週に2回ほど、体幹トレーニング(主に、背筋と腹筋を鍛えるために教わったハイプルとデッドリフト、ニーレイズなど)を取り組み始めると、あら不思議! 週末のバスケで明らかに身体のキレが違う(自称です)。下半身を沈めて動ける(自称です)。これは驚きで、若かりしあの春がもどってきたようでした。

結果、オマケとして、この秋、東京都一番ウェーブジャンプ賞(自称)がついてきたのでした。そして、嬉しいことに、ついに我が家にあるTANITA体重計で「プロアスリート」判定となりました! プロスポーツ選手1000人の身体を分析してその近似値が今の僕に当てはまるのです。そうもう僕はプロアスリートの身体をした教師なのです。

アキラさんが言うには「年齢はただの数字で個人差。あとは努力」だそうです。やっぱ、大きな筋肉をしっかり鍛えることで、バスケの質が変わりそう。体幹だいじやで〜、運動だいじやで〜、せやろがい!という話でした。

トレーニングはつづく

タングラム問題をクラスチャレンジに

最初の1時間目はタングラムとは一体何なのかを紹介しました。そして、全員で同じ一つの問題をといてみる経験を共有しました。約束ごとに、すべてのタイルを使うこと、表裏の指定はしませんでした(裏表があることで難易度があがります)。

次の2〜3時間目では、先日の本を参考に図形問題をいっきに10問ほど提示し、子の中の問題を解くことにしました。一つの問題にスタックしたとき、あきらめずに取り組むもよし、他の問題にもチャレンジするのもよし、それが多くあることのよさかな。

「残りの時間(25分ぐらい)で、クラス全員で①〜⑩の全ての問題を解決しよう!」とクラス全員の達成課題にしてみると、「うおお、やってやろうじゃん」と「手分けしてもいいの?」など、なかなかいい雰囲気で、解き合い始めることができました。やっぱり、こういうパズル系の教材はとかく一人旅になりがちだけど、一緒にやればやるほど楽しいものになる。一方で、友だち関係を引きずって、せまい関係性に閉じている場面も見受けられたため、次からはグループ隊形にしてからはじめることにしました。隊形がかわるだけで、会話の量と対象がいっきにかわるから。

こういうときに、一人一台iPadがあるといいなと思うのです。途中経過やその解答を写真で手軽に記録したり、共有したりもできる。本校は、画面を見る時間よりも五感を使うことを大事にしようと、あえて制限しているけど、便利につかっていけるといい。

問題が解ける度に、ノートに記録するけれど、まだ拡大・縮小していないので、うつすことに手こずる子も数人いました。10問の内、一問でも解決できれば、黒板に名前を書きに来る。それが嬉しいようです。子どもたちは「あと⑫番が解決してない!」と声かけながらやっていました。普段、算数では大人しくしている子が「⑨は私だけできた!」とごまんえつな姿も。それを祝福されて大盛り上がり。この「だけ」というところに集団で学ぶおもしろさがあったり、その後の算数・数学人生を変えるきっかけになるとかならないとか。

放課後、「⑫はだれも解けなかったから、家で自学ノートにやってきたい」と、タングラムを借りにきました。それに触発されて「私も!私も!」と持って帰る子も出てきました。さっそく静かなるタングラムブームが笑。子ども用に厚紙バージョンも配り、各家庭でできるようにしました。

つづく

ヒラメキの授業

タングラムのおもしろさの一つに「ヒラメキ」があります。その特徴は

  • すぐにできそう!でも、なかなか解けない(しかも答えは単純だった笑)。
  • そのやり方が上手くいかないと分かっていても,なかなかそこから抜け出せない(そんな自分をいやというほど知る)。
  • 手を動かしていると、正解が突然ひらめく。

このひらめきに関しては、夏の校内研修で紹介されていた、鈴木宏昭『私たちはどう学んでいるのか』(ちくまプリマー新書2022)の第5章に、ひらめき(洞察による認知的変化)について記述があります。

“ひらめきは突然訪れるかのように語られることが多い。しかしひらめきは練習による変化、発達による変化と同じ、つまり多様で冗長な認知リソースとその間の競合による揺らぎが、それが実行される環境と一体となり創発される。そしてその過程の大半は無意識的に進む。だから、ひらめいたときの驚きは、実は自分の無意識的な心の働きに対してのものなのだ。

『私たちはどう学んでいるのか』P.137” 

つまり、タングラムのような単純な問題がとけないのは、私たちの中にキョーレツな思い込みが存在するからであって、その思い込みが頭の目隠しとして機能してしまう。

しかし、その思い込みは思考の枠組みとして、日々の生活の中では考える認知的負荷を下げてくれる役割もあります。悲しい場面で相手の目に涙を見つけたとき、目薬をさしたのか、目にゴミがはいったのかなどと、わざわざ考え直さなないでしょ。

思い込みは問題解決場面においては制約要件として、はたらいてしまうことがこのタングラムからわかってきます。「この四角の角には□を使いたい。こっちの三角はきっと大きい△を使うにちがいない」といったような思い込みが、正答の邪魔をしてしまうのです。

実際に子どもからは「すごい思い込みをしていてできない問題もあったけれど、とけたらこういうことかと納得した」と感想がありました。

ここから抜け出るためには、自分の思い込みを認知し、様々な配置のパターンをためすことでヒントをつかめるようになります。さらに多様性の高い試行錯誤の末、突然、ひらめきに至るのです。

そこで、授業では「ひらめきやすい思考」「だれも思い込みがある」の二つの数学的に考えるミニレッスンを用意しました。最初2時間程度を予定したけれど、子どもたちの熱中、教材のおもしろさに感化され、結果、以下のようになりました。

  •  1時間目・タングラムを知る。全員で数問を解いてみる。
  • 2・3時間目・ミニレッスン:ひらめきをうむ・クラス全員で協力して全ての問題を達成する(2時間目:図形型問題・3時間目:文字型問題)
  • 4時間目・ミニレッスン:思い込みをなくす・タングラム問題をつくる。5時間目・友だち問題を解いて楽しむ祝福タイム。

つづく

タングラムはじめました

今年は学年2クラスの算数を担当しています。のべ100時間の授業がちょうど終わったことになりますが、なかなか思い描いたような授業とはならないことばかりです。とはいうものの、教材研究できる時間に恵まれていて、じっくりと「子どもたちと算数・数学するとは何か」、考えられる豊かな日々を過ごせています。

2学期の最初、面積の導入でタングラムを使って授業をしました。導入のつもりで扱うタングラムだったはずがあまりにもおもしろかったので、ついつい5時間ほど費やし算数・数学する時間を楽しんでしまいました。記憶の彼方に消えていく前にその実践報告をのこしておこうと思います。

タングラムってきっとどこかで触れているのではないでしょうか。昭和世代の人は温泉宿で窓からの景色を眺めながら、たいくつしのぎにやっていたあのパズルのこと。200年程前の中国発祥のパズルといわれており、正方形を7つに分けたピースを全て使って、ある形をつくります。

子どもたちにタングラムの説明すると、「僕もタングラムほしいんだけど、温泉で売っているの?」と聞かれました笑。クリエイティブな質問です。

現在、教科書ではトピック的な扱いでタングラムは紹介されているようです。また、残念ながらタングラムの多くは早期教育の道具として使われ、塾で子どもをパッと燃え上がらせるネタ扱い。いくつか先行実践や実践本を探してみたものの、なかなかよい本も見つけられなかったので、これに特化したカナダの数学教授のRonald.C.Read『TANGRAMS 330PIZZLES』を参考に授業づくりをはじめました(最近では翻訳Deepleもあり本当に、助かっています)。この本は超マニアックで、タングラムの歴史から始まり、その分類とタングラム愛にあふれています。

4年生までの既有知識として、正方形、長方形の面積の求め方は知っている子どもたち。平行四辺形の面積を求めるには、これまで知っている長方形に意図的に作り替えて求積する必要があります。図形領域は得意・不得意の個人差がでやすいもの。遊び感覚で「ふれて」楽しめるしかけとして、一人一つのタングラム(木製200円のもの)を用意しました。タングラムは図形の構成要素である辺や角、垂直、平行などの位置関係への理解を深めることにとても有効になりそうです。

軽い導入の扱いのつもりだったのが、子どもたちの熱中する姿に魅了されてしまいました。そのタングラムがもつおもしろさに「ヒラメキ」があります。

つづく

遠足引率で、救急救命の場に居合わせた僕ができたこと

昨日、遠足で都内へ山登りに行ってきました。そのとき、心肺停止で倒れていた方と偶然居合わせ、その場で救急救命を行いました。遠足の引率というプログラムが進行しつつ救急救命を実施したその状況は、今後、同じ状況に遭遇するかも知れない教員のみなさんに、少しでも心づもりやその対応に役に立つのではないかと思い、備忘の意味を込めて書き記してみます。

もし、人が倒れている現場に遭遇したら、本当に自分は対応できるのでしょうか。救急救命が必要な場に偶然に居合わせた人のことをバイスタンダーというそうです。予期しようとしまいが、誰もがバイスタンダーとなりえます。僕はちょうど、遠足で子どもたちの引率しているときのことでした。

5年生を担任し、超多忙な日々の行事をこなし、ようやく月末の遠足にたどり着きました。今年は都内近郊の登山。コロナ対応でそれほど目くじらたてることなく、昨年よりはスムーズにルートの下見もできました。今回は、グループチャレンジ。6人グループで約3時間、山頂にいってきて折り返しの広場で落ち合うことになっています。子どもたちにとっても、大きな挑戦。もちろん、迷子にならないように木道を歩けば、必ず山頂にたどり着けるルートにしました。それでもお弁当を食べ、途中でおやつも食べながらの3時間は、なかなかのチャレンジ。支援員が今年は学年を補佐してくれているため、引率する教員も通常よりも一人多く割り当ててもらっています。その先生方を、途中の分岐点やチェックポイントに配置し、そこで記念写真をそれぞれ撮りながら山登りをする、そんなプログラムでした。

途中、ケーブルカーを使って一気に班行動のスタート地点へ。僕はいよいよグループチャレンジにのぞむ子どもたちに最後の確認事項を告げ、出発係の先生にその場を任せ、先にチェックポイントに出発している先生たちを一人で追いかけていきました。午前10時10分ごろのこと。途中、二人の先生にそれぞれあいさつをし、最後、展望台で待っているA先生に巻き道を通ってあいさつしに行ってから、そのまま山頂の待ち合わせ場所「なめこ汁の看板」下で、持ってきたバーナーでカレーでも温め食べていようと思っていました。

すると、展望台へかけ登る斜面に、登山客とみられる男性が倒れていました。遠巻きに一人年配の男性Bさんが一人。展望台にはほんの数人いたかどうか。ちょうど道をふさぐように両手をあげて仰向けに倒れていたので、近づき「大丈夫ですか?」と声をかけても、男性は宙をみて微動だにしませんでした。60〜70歳ぐらいの男性で、口に耳を近づけてみると呼吸も胸の動きもありませんでした。意識もなく、呼吸もなければ心肺停止。とっさにそう判断し、すぐに胸骨圧迫、心臓マッサージをしました。ちょうどザックが背中でマクラ代わりになり体が水平になっていたので、あごだけ上にし、気道を確保しました。

このちょうど1週間程前、水泳学習に向けた心肺蘇生法の救急救命講習を本校に消防職員を招いて研修したばかり。コロナのこともありかなり簡略化されていましたが(感染予防のため人工呼吸はしなくてよい)、さすがに今年で僕も20回以上。それでも、やっておいて良かった。動揺することなくスムーズに動けたのはそのおかげにちがいありません。そして最近、読みなおしていた名作「岳(山岳漫画)」のおかげでもあります。実際に自分はその場面に遭遇したら本当に動けるのか、こっそりシュミレーションしていたばかりのことでした。

遠巻きに見ていた年配の人Bさんに「119番に電話してください」とお願いすると、「さきほど、電話しました」と心配そうに遠目から近寄れないで見守っているようです。知人ではないようでした。心臓マッサージを続けながら「山頂のビジターセンターにAEDがあるはず」と思い、そこにも電話してもらうように声かけると、「電話が話中でつながりません。。。」と。この間、1〜2分か。

ちょうどこの日は、本校の4年生も同じ山に歩きに来ていたことを思い出し、4年が下から登ってきているので、連絡すればちょうど今はビジターセンター当たりにいるはず」と思い、心配しながら近くを通りかかった登山客の年配の女性の方Cさんに心臓マッサージを代わってもらい、トランシーバーのチャンネルを1にして、呼びかけました。

ちょうど2〜3日前に「トランシーバーもってくでしょ」と学年の先生が前日に充電してくれ、チャンネルも5年が「3」で4年が「1」ね。何かあったら連絡取れるようにしようと渡してくれていました。4年生の担任に呼びかけ「救急救命中で、近くにいればビジターセンターに連絡してください」とお願いした瞬間、Bさんが「ビジターセンターに連絡とれました!AEDがない(そんなことあるか?確かにそう言われた)けど、救急救命が出動しているからそのほうが速いですといわれました」とのこと。確かに、山頂のビジターセンターから展望台までは歩いて30分程度はかかってしまう。4年の先生には「ビジターセンターとは連絡とれました。また何かあったら連絡します」と切り、チャンネルを元に戻し「心肺蘇生中なので子どもたちを近づけないで、直線で山頂をめざすように指示してください。展望台のA先生を僕の代わりに山頂待機に変わってもらいます。途中の広場で待機している先生(トランシーバーを持っているのは専任3人のみ)に連絡してください」と、すぐさまA先生を頂上に行ってもらい、子どもたちと現場の鉢合わせも回避しました。振り返ってみると、こういうスムーズに連携がとれる学年の先生たちの臨機応変できる対応がさらなる被害や二次災害を最小に防げたと思います。

年配のCさんも疲れている様子だったので(心臓マッサージは1分本気でやるだけでかなりの疲労が)、そこまでザックを背負っていたことを思い出し脇道に放り投げ、また心臓マッサージに戻りました。ここまでで要救助者に遭遇してから3〜5分たったか。それでも遠巻きにみていたBさんは「119に連絡したのは20分ほど前なんです」と。20分。ちょうど手当をしないで助かる可能性が0%に限りなく近い時間。そのときは夢中だったので、それでもマッサージは続けました。後に調べたところによると、もしすぐに救命措置をしたとしても20分では生存の可能性は10%にしかなりません。そのときは、そんなことまでは考えていませんでしたが、20分が生存の可能性の分かれ目ということはなんとなく覚えていました。

Cさんが、要救助者の胸のホルダーと腰ベルト、ズボンベルトを緩めてくれました。改めて軌道確保を。胸骨圧迫のたびに、のどの奥からシュコー、シュコーと肺もおされて空気が出る音がしました。何度かCさんが「だいじょぶですか!」と呼びかけましたが、目はうつろで宙を見て、よくみると瞳孔が開いていました。僕は(もう、むずかしいかもな)と案外、冷静に客観的になっていて、マッサージを続けました。「私に何かできますか?」と声をかけてきてくださった女性の方に、「こっちに登らないように下の分岐点で止めてください」とお願いしました。ここまで約15分くらい経過。

すると、遠くの方から赤いヘリコプターが近づいてきました。Bさんが手を振って合図をすると、しばらく空中で待機し、救急隊員2名がワイヤーで降りてきました。僕はヘリの風圧で目を開けることもできず、口はマスクでなんとか息をすることができる程度でした。ホッとしたのも束の間、「マッサージつづけてください」と指示。すばやくAEDを準備し、指示されてCさんが上半身を脱がせながら、パッドを的確にはりAEDが心臓をチェック。同時に「通報してから20分が経ち、僕が心マ(なんでかっこつけてシンマなんて言っちゃったんだろう)はじめて12〜3分がたちましたが意識はありません」と報告。対処が的確だったのか心マと言ってしまったからなのか「医者のかたですか?」と聞かれ、「いえ、教員です。引率できたところたまたま遭遇しまいた」とマッサージを続けました。

そしてAEDの「ハナレテクダサイ」の合図で、電気ショック1回目。要救助者はつま先からビクッとなり、「マッサージつづけて」と言われそのまま継続を。またCさんがマッサージを変わってくれ、その合間にもう一度トランシーバーで救急隊が来たことを先生達へ告げ、子どもたちの対応の確認を。学年の先生のおかげで子どもたちはトラブルなく移動していることもわかりました。こういうとき、携帯よりもトランシーバーの即時性がとても有効でした。

しばらくは機械音と遠目にヘリの音だけが聞こえました。隊員から名前と住所、電話番号を聞かれたた後、心臓マッサージを交代。(きっとあばら骨折ってしまっているかも)そう思いながらも、なんとか戻ってきて欲しい一心で続けました。長く感じた2〜3分後、2回目の電気ショック。と、同時にヘリに収容するため担架に包み、また当たりにヘリの騒音と共に要救助者と隊員1名が挙がっていきました。残りの隊員はその老人の荷物とストックなど、「何かありましたら連絡します」とビレイにワイヤーロープをひっかけ、さっそうと空に登っていきました。10分いたかいないかぐらいでした。最後に、そのおじいちゃんの顔をみましたが、変わらず目は見開いたまま。きっと心臓発作だと思う。なんとか(意識が)もどってきてほしい、ただそれだけでした。

それにしても、遠巻きにスマホを撮っているやからには、なにか嫌悪感がのこりました。自分にできることを考え、行動すべきです。それはスマホではありません。Bさんはしきりに「何もできずにすみません」と言っていましたが、隊員は「しかたのないことですよ」と、優しく声をかけていました。決して責められないことですが、もしBさんが心肺蘇生をしていたら、生存の可能性は少しでもあったのではないかと思ってしまう自分もいました。

ヘリが去った瞬間、藪のなかから地上部隊の隊員が3人、駆けてきました。大きなリュックにいろんな機材が入っているようで、息をはぁはぁさせながら「救助者は?」と聞かれ「ちょうど今、ヘリで」と告げました。改めて、現場に検証、どのように倒れていたのか、服装など確認され、僕、Bさん、Cさんの名前、住所、電話番を知らせてその場が終わりました。「どこから登ってこられたんですか?」僕の問いに、「直登してきました。そのほうが速いので」とナルゲンボトルの水をがぶりとさわやかに飲んで答えてくれました。かっこいいなぁ。

と、我に返り、頂上にいるA先生の元にもどることをトランシーバーで連絡し、4年生の先生にもヘリで搬送されたことを伝えました。午前10時45分ぐらいだったか。偶然居合わせた数人での救急救命。瞬時に役割に分かれこなし、そしてできることをできるだけやったらまた散っていく。日本ってすばらしいよ。ほんと。そして、山を登るときはお互い様なんだなぁとじんわりしました。そこから一人、とぼとぼとA先生が待っている頂上を目指して歩く道々はなんとも足取りが重く、ずっしりするものでした。自分にできることは何か他にあったのか。もし、元気になってくれたら「岳」の三歩さんが言うように、また山に帰ってきてほしいなと素直に思いました。幸いにも、子どもたちは大きなケガすることなく(川の水をがぶ飲みするやつがいたぐらい)、無事に遠足を終えることができました。

春の木道にはシャガが美しく咲き乱れていました。シャガの花はたった一日の命だそうです。

AEDの操作は隊員がやってくれ、Bさんが電話を、Cさんと僕は胸骨圧迫に専念することができました。いつなんどき、自分がバイスタンダーになるかもしれませんし、もしかしたら、自分が倒れることだってあるかもしれません。そのために思いつくできる限りの準備をすること、繰り返し行われる救急救命講習に参加すること、いつでも助け合おうとすること、自分にできることを勇気を持って声をかけること、それにこしたことはないでしょう。これを読まれることで、少しでもご自身の中にシュミレーションができれば幸いです。1つでも山の事故、遠足の事故をなくしたいと願っています。

子どもたちと一緒にお弁当を食べ、山頂の人混みにもまれながらおしゃべりしていると少しだけ気がはれました。やっぱり学校ってえいいなぁと思うのです。いろんな気もちをかかえながらも、癒やしてもらっている実感がしました。そして、夜、疲れをとろうと大衆温泉につかっていたら、前から苦境な肉体をした外国人が僕のとなりに座りました。見たことあるぞ! あのバスケ界MVP優勝請負人のセバスチャン・サイズ! おもわず声をかけてしまいました。先週末のタフな延長線ゲームのこと、いつでも渋谷にもどってきてほしいこと、気付いたら、名前も聞かれ、すごい角度で肘の挙がった握手もしました。手、まじデカかった。オフなのであまり話しかけては悪いと思い、しばらく横でほくほくあたたまりました。

子どもの生活から算数メガネで教材づくり

算数メガネを使うことで、今まで見えていた世界の解像度が変わって見える経験をさせてあげたい。それは一体どんな授業になるんだろう? この1〜2カ月間ずっともやもやと考え続けていました。

一年間のまとめである3学期を迎え、コロナで学校閉鎖もあり、なかなか予定通りいかないことが多く、翻弄されっぱなし。そうだったからこそ、見通しも立ちにくい中でも、やっぱり「教師が」やってみたいことがあること、その心の持ちようが何よりも大事なんだと確信できました。

子どもたちとやりたいことがある。その気持ちがあるからこそ、いろんなものに翻弄されながらも、最後まで駆け抜けられる持続力が生まれる。まずは何よりも担任の願い、やりたいこと、チャレンジしたいこと、こういったことを十分に広げる発想からスタートできたことがうれしい一歩でした。

ここに気づけたのは、数学者の時間の研究メンバーとの対話からでした。仲間に感謝、感謝。毎週末の早朝からのzoomはなかなかしんどいこともあるけれど、継続するモチベーションの一つになっています。

子どもたちの生活から、身近なものを使って算数教材化できるものはないか探していました。子どもたちの生活の文脈を生かすことをベースに、教えるべき内容があること、さらに深めると面白くなりそうなこと、こういった算数メガネの視点で日々の生活を見直してみると、ふっと一つのイメージが湧いてきました。それは今年、毎朝あそび続けてきたしぜん広場の池のことでした。

子どもたちはこの1年間ずっと池の周りを走りまわったり、水の流れに沿って登ったり降りたり、雨が降ってもびしょ濡れになりながら駆け巡ってきました。最近では、池に角材を渡して、人間ピタゴラスイッチと称し、綱渡りをしてこっそりあそんでいます(笑)。

最初は、水の池を全部測るのが面白そう!とアイディアが浮かんできました。その名も「水の池、全部、測っちゃいました」。 しかし、3年生レベルでの思考方法ではなかなか水の量まで広げると手立てに限界がありそうです。教師が引っ張り続けること必須か、または賢い子におんぶにだっこになってしまいそう。

でもまてよ。池の周りの長さに目をつけてみると、おもしろそうなことができそう。これまでは直線しか測ってこなかった自分たちが、曲線をも測ることへの挑戦。果たして、直線を測る方法で曲線を測りきれるのか。さらには学級全体で一つの池の周囲を測定後、個々人やグループごとの興味関心により曲線や測りにくいものを測ってみるとおもしろそう。長さの概念がより多面的に捉えられる機会になりそうです。

このあたりこそ教材化できるのではないかと思い、早速、池の周囲を歩足で測ってみることにしました。横に子供たちが数人くっついてきて「何やってるの? 何やってるの?」と興味津々。そのとき、面白い場面を目にしました。それは、しぜん広場を使って自分たちで「丸太に5秒以上乗る」などいろいろミッションを出し合い、達成できるのかを試すミッションあそび。

「イガせんも何かミッション出して!」と言われたので、そのミッションあそびの延長で算数ミッションを大々的に課すことにしました。これをこの学習の導入にしてみうと。これまでずっと、子どもたちがなぜしぜん広場の池の周りを測る必要があるのか? その文脈をどう引き出していくのか、ずっと頭を悩ませてきました。それがすんなりとミッションあそびと言う形で子どもたちへ提供できそうです。ほんと、助かる。ありがとう。

これまで算数は何のために使うのか、その有用さはテキスト算数では時数に追われ、限界がありました。もうちょっとだけ、体験すれば、もっと理解が深まるのに。そういう算数単元になんども出くわしてきました。便利な道具としての算数、算数の有用さは使ってみないとわかりません。子どもにとって「つかえる算数」シリーズとして、実践研究を進めていきたいです。さて、いよいよ第一次がはじまります。楽しみです。