自分で行動し、責任の意識が求められているエージェンシー

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これからの教育にどのようなことが必要なのだろうか。

今、いろいろ学んでいることをどのようにいかしていったらよいのだろうか。

たくさん学んだって、自分のため、他者のため、社会のためにその力を発揮できなければ、教育ってなんなんだろう。

この力を発揮するカギとなるのが、主体性である、エージェンシーか。子どもたちが主体性を発揮するきるために、何が必要か。その主体性に「段階」レベルがあることを知った興味深い文献があった。

白井 俊『OECD Education2030プロジェクトが描く教育の未来:エージェンシー、資質・能力とカリキュラム』

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エージェンシー。。。

つい口にだして言いたくなってしまう言葉。なんだか、かっこいい響きじゃないか。イーサン・ホークが所属していたのがスパイ組織IMFエージェントだったしな。でも、OECDラーニング・コンパスにおいて中心となったエージェンシーとは、もっと崇高なものだった。

僕も自主性や主体性については、自学ノートを上梓してそれなりに研究してきたはしくれだ。決して新しい事ではない、日本でいうところの「主体性」について、本書3章に丁寧にまとめられていた。

エージェンシーの定義

変化を起こすために、自分で目標を設定し、振り返り、責任をもって行動する能力

エージェンシーの語源はラテン語「agere(行う)」に由来し、「行動」や「行動する人」の意味を持つそうだ。これは、単に行動さえすればよいのではなく、社会の一員としてよりよくなるように考え、行動していく責任があることを示している。

未来予測が難しくドックイヤーの時代において、指示されたことをこなすことだけ、企業から求められるスキルを身につけるだけでは足りない。誰かが決めたり選んだことを受け入れることよりも、自分たちで考えて、目標設定し、必要な変化を行動に移していくこと。

つまり、自分で行動することであり、責任の意識が求められている。

でもこれはそのまま自分の欲求を実現することではなく、その社会に対して責任を負うことを自覚していることだ。果たして、僕は自分の働き方が、職場においてエージェンシーを発揮できているのだろうか。同僚の成長に寄与できているのだろうか。自分のことのみで終わっていないだろうか。

はたまた、クラスのあの子のエージェンシーは自分勝手になっていないだろうか。あの子はこういう概念を知らなくたって、常に集団の立場に立てる子もいる。はてはて、どのようにエージェンシーとは育っていくのだろうか。つい自問自答してしまう。

僕がこの学校に勤務するようになっていいなと思うことがまさに、このエージェンシーのことだった。本校には、毎週1回の自治活動がある。いわゆる委員会活動である。これまで僕が経験してきた、先生や学校の仕事を委託する委員会としてではなく、自分たちで、各委員会からの課題をみつけ、自分たちの学校をよくしていこうとする仕組みとしての「自治」がある。そのため、毎週全学級に「委員会まわり」という意見を各委員会が聞き取りに行く仕組みもある。

だから、子どもたちはエージェンシーという言葉は知らなくとも、不便があれば「変えられる」と素直に思っている。この民主的な声は時にとても大事であるが、声を引き取ると、ものごとがなかなか前に進まない難しさもあることとセットである。

自分勝手になりがちな声も、相手意識や学校というコミュニティの中で、話し合いながら、ゆずったりゆずられたりしながら、少しずつ修正されていく。声を挙げて、行動していくことの練習とその感覚を小学校時代にできることはすばらしい。

エージェンシーは自分一人だけで育まれるものではなく、親や仲間、強者、コミュニティーなど周囲の関係性の中で方向性を共有し、育まれていく。それが協同エージェンシーだ。

同書にこの協同エージェンシーにレベルがある点がおもしろかったので、ここに紹介しておきたい。

ハート.Rによる生徒の8段階意思決定「梯子モデル」を、学生たちのステークホルダーの声を引き取り、議論してよりよいモデルに改良した「学生グループによる太陽モデル」がある。これにより、発達は一方向の直線的ではなく、循環関係にあることも伝わってくる。

さて、今の学級、学校は何段階? そして今、取り組んでいる自学ノートって何段目?

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