クラスの子が「イガせん、このHPみてみて」と紹介してくれました。
のぞいてみると、LGBTQのこと。全ての子どもたちがありのままの自分で大人になれる社会を目指すNPO法人のものでした。
「この人たちをぜひ授業によんでほしいんだよね」と。最近、図書室で『みんなちがってみんなステキ』を読んだ様子。このことについてはクラスの中にも、課題意識をもって生活している子が増えているようです。
ちょうど2学期末に、多様性に関する保健の授業を実習生と共に授業を行いました。性は他人が決めることではなく、自分できめること。性を決めるのは、男女の二つではなく、人の数だけあること。「好きになる性」「心の性」「表現する性」「体の性」の4つがグラデーションでその人の数だけあります(それらの頭文字をとってSOGI)。決めるのは自分自身であって、大切にされなければなりません。
8時だよ!全員集合にも当時、ゲイを馬鹿にする笑いが普通にあったし、今、観るとそこに違和感をもてるようになってきました。アンケート用紙をみる度に「男・女」に分かれていることもそう。一番は、席替えを男女の数が整うようにしている自分に、何かいいようのない矛盾を感じています。3学期になってからは僕は「君」づけをしなくなり、できる限り「さん」づけとなりました。けど、まだつい「君」がでてしまうこともあるけれど。
多様性教育についてはわからないこともいっぱいあるし、もしかしたら気付かずに僕は誰かを差別しているかもしれない。一人ひとりのちがいがあって一緒に生きていること、みんなで生きることは同じはずなのに「みんな」がつくと、同調圧力になりやすい。みんなは誰かを指しているわけではないから。学校の中で「ふつう」と思うことが、いざ視野を広げてみれば「ふつう」じゃないこともたくさんある。
わからないことがたくさんあるけれど、相手を思いやり、一人ひとりを尊重する人権にたちかえってみれば、少しずつ前に進んで行けそうです。
ちなみに、日本のジェンダーギャップ指数(男女の違いで生じている格差や観念により生み出された不平等)は146か国中116位だそうです。むむ。
第3章にあたる実践者である星野さんの「第3限 包括的性教育について学ぼう」から、私たちの生活の中には意識していない差別あがることや、性の多様性がその人の生き方であることなど、たくさんのことを学ばせてもらいました。知的に理解するだけでなく、クラスの中で情的に理解する手立てが紹介されています。ぜひ手に取ってみてください。この授業実践は、子どもたちだけではなく、バイアスをつくっている私たち教員や保護者にとても大切なものです。