今日は運動会予行。
昭和気質の学校なため、こういう時間はまだ大切にしている。僕は結構気に入っていて、運動会当日は各自の仕事で忙しい子どもたちだから、この日ばかりはじっくりと他の学年の民舞をみることができる。
本校の民舞は1年が荒馬、2年が花笠、3年が御神楽、4年がソーラン、5年がエイサー、6年が中野七頭舞だ。どれも古くからずっと研究しつづけてきている伝統の踊り。
子どもたちはさすが6年生だけあって、1年生が踊っていると自分たちも一緒に応援席で荒馬を踊れてしまう。それが5年生のエイサーまで続くのがこのここちよい。
「本物に触れることを大事にしている」学校とは知っていたが、一番驚いたことに、練習に沖縄からエイサーの保存会の人を呼んで練習し、本番はその人達の演奏で、子どもたちが踊ることだ。もうライブじゃん。
昨日は七頭舞の「レジェンド(保存会の人たちのことをみんなそうよぶ)」を呼んでそれぞれのグループ踊りを練習もした。
おどろくことなかれ。僕が一番驚いたのは、この踊りを一緒に先生たちも踊れることだ。指導するんだから当たり前といえばそうなのだが、練習ではなく、本番の運動会でおどってしまうのだ。
これまでの経験では、子どもの見本として朝礼台に教師が立って踊っているのもみたことがある。僕は運動会当日なんだから、子どもたちにすべてをまかせればいいのになぁと思っていた。
でも今の学校はちがう。先生は子どもたちの列に一緒に入って、一緒に踊ってしまう。「先生が目立つじゃん!これってどうなの!?」と思うかもしれない。実際に、職員会議でもいくらなんでもやりすぎだと議論されたこともあるようだ。
でも、僕はそれでいいとおもう。「子どもが」つくるというよりも、「子どもと」一緒につくって楽しんでいる様子がとても伝わってくるからだ。
今日も、学年の先生がいないなとおもっていたら、ちゃっかり浴衣と袴を着けて子どもたちにまぎれて七頭舞を踊っていた。お見事。
僕はというと、踊りはからっきしダメで動きがぎこちない。踊らせようとするならば、盗んだバイクで走り出したくなる。だから大人しく横からこっそり見学してみていよう。なんてことはゆるされない。
七頭舞はチャッパ(和楽器の鐘)を任された。また、おかげさまで御神楽の太鼓もたたけるようになり神様に奉納したくなる。そのための練習も欠かせない。この学校に来てからは楽器のレパートリーが増えている。そのうち、三線もひけるようになるかもしれない。
子どもが主役だけど、その主役を輝かせるためにいつも一緒になってつくってきた先生もそのステージに参加しちゃう。これいいなとおもう。
先生はなんでもやるのだ。
ふつうの暮らしをしていたらなかなか出会えない文化にたくさん出会えるのがこの運動会。密度の濃い時間をすごしている。
